はじめて神田川の非常階段をカヤックを背負いながら降りたとき、僕は緊張で極度に体を強張らせながらも、新しい物語を予感して胸を高鳴らせていた。それがたとえ高いコンクリートで囲まれていようとも、川は川として、その水は人知れず都会の真ん中を流れ続ける。人知れずカヤックに乗り込んだ僕は、ただただその流れに身をまかせた。
都会の底辺ともいえる川面の上のその場所で、視線は無限の方向へ緩やかに伸びてゆく。今まで見たことのない都会の景色のその先の、そのまた先を見るために、ゆっくりとそして確実に、黄色いパドルで僕は漕ぎ進める。
江戸川橋飯田橋水道橋御茶ノ水秋葉原日本橋常葉橋鍛冶橋江戸橋隅田川
生まれ育った街への航行は、誰もいない川面に波紋のシュプールを残し、電柱のカラスが、カメラのシャッター音を数える。青白い新しい乗り物は、都会の真ん中でどこか見知らぬ遠い場所へと連れてゆく。遠い場所や辺境ならば、僕らの都会の足元にも、あらゆる形で存在する。
石塚元太良
作家プロフィール
石塚元太良 / Gentaro Ishizuka
1977年 東京・築地生まれ。
2002年にエプソンカラーイメージングコンテスト大賞を受賞して注目を集め、翌2003年にヴィジュアルアーツアワード大賞、2004年には日本写真協会賞新人賞を受賞。2007年に出版された、3年間の取り組みの後に完成したアラスカのパイプラインの写真集『Pipeline Alaska』は、大きな反響を呼んだ。この他にも、2001年『worldwidewonderful』(Niepce刊)、2003年『worldwidewarp』(ビジュアルアーツ刊)、2006年『WWWWW』(青幻舎刊)などを次々に発表。写真集発表と同時に、展覧会も精力的に展開する。2007年の東京・青山スパイラルガーデンにて開催された個展「はじまりへの導線−Trance Alaska Pipeline」は高い評価を受けた。