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新たな世界へ飛び込んで
写真家ジョエル・マイロウィッツの、過去から今に至るまで。

文 / コリン・ウェスターベック  訳 / 吉田実香

ジョエル・マイロウィッツが35ミリカメラからビュー・カメラに持ち替えたのは、1970年代半ばのことだ。そのとき彼は、35ミリカメラで培ったカンや習性をビュー・カメラへと持ち込んでみせた。
ライカなら、細かい動きや不意に生まれた構図もすばやく確実に捉えることができる。アクション主体のそうした写真はビュー・カメラでは撮れないが、一方でビュー・カメラだからこそ捉えられる瞬間がある。ときには光のちょっとした加減、あるいは天候の移ろいが偶然かもし出したニュアンスで写真が成立する。また意外な構図を発現させる要因は、予期せぬ動きだけではない。前景と後景との思いもよらない相互作用からも、決定的瞬間は誕生するのである。

よってここでは写真的『出来事』も、たとえば手前に見える蛍光灯特有の無遠慮な光と、はるか遠くで桃色やバラ色に美しく輝く夕焼けとが出会う、そのぶつかり具合であったりする。あるいは写真では風に捲かれてぼやけている洗濯物の、独特な質感だったりもする。または凪いだ海面に太陽の光がちらちらとせわしなくきらめき、まるで光のキルティングのように見える、その様子でもある。
ビュー・カメラに持ち替えたことで自ずと変わってきた被写体を、年月をかけてじっくり探求する内に、マイロウィッツはかつて手持ちカメラで身につけたスキルやスピード感を再発見することとなる。
彼は昨年、フロリダへ出かけた。オリンピックを目指しトレーニングをする飛び込み競技の選手を、プールで撮影するためである。飛び込み台からダイブして水面に消えるまでをヴィデオ撮影するのが当初の狙いだったが、撮影を始めてからこれが大きな誤りだったことに気づく。飛び込みの所要時間はほんの2,3秒しかなかったのだ。もっともこれはこれで、ダイバーたちの落下シーンを反復させ、オーバーラップさせた実に美しいヴィデオ作品として完成させている。だがスチール写真を撮影するには、アクションの展開が余りにも速すぎた。むしろ、瞬間を確実に捉えることのできる手持ちカメラにふさわしい被写体だったのだ。

アクションの速度を落とすため、また同時に『出来事』にアトモスフェアを持ち込むため採ったのが、プールの底近くの壁に設置された窓越しに水中撮影するというやり方だった。だがこの場合でも、ダイバーが水面を突き破ってからプールの底へと消えるまで、視野に留まる時間はわずか1/8秒という短さだったという。
この写真では主体である水にダイバーが介在するのではなく、むしろダイバーが主体で、水はあくまでその触媒に過ぎない。つまり、水はダイバーの行為によって初めて生命を得るのである。ある作品では、ダイバーが顔の回りに大きな泡をまといながら水面へと浮上しており、あたかもイカやタコといった頭足類へと今まさに変容しつつあるかのように見える。
別の写真には、小さな赤い点が映っている。マイロウィッツは当初これを工程上のミスと思いこんでいたのだが、実はなんと、飛び込みで発生した泡がいわばレンズとなって光のスペクトルを分解し、赤色として発現したものだったのだ。

水中では奥行きの感覚がほとんど失われる。写真に映る平面という平面は、水の存在にそっくり呑み込まれてしまう。写真を成り立たせる上で、前景と後景との関係性は不可欠な要素だと信じていたが、実はそれすらも放棄できるのではないか…。そう思うに至ったマイロウィッツの目の前には、新たな地平線が開かれた。
それはまさに地平線も水平線もない世界を撮ること、すなわち大地や空気、水や火といった『エレメンツ(生命の根源)』そのものに向き合うことにほかならない。そう、写真家ジョエル・マイロウィッツは今、新たな幕開けを迎えたのである。